やさしいヘブル書

エマオ訳のヘブル人への手紙を元にして、ギリシャ語原文を参照しながら、平易な訳文で訳してみました。
これはエマオ訳に取って代わるものではありません。元になっているエマオ訳と比較しながらお読みいただければ幸いです。
ご意見やご質問など、エマオ出版までお寄せください。

1

預言者にまさる神の御子
  1.  その昔、神は預言者たちによって先祖たちに語られましたが、それは、いろいろな部分に分けて、いろいろな方法によってでした。
  2. しかし、今の終わりの時代、私たちに対しては、御子なる方によって語ってくださいました。神は、この方を万物の相続者とお定めになり、この方によって諸時代をつくられました。
  3. 御子は神の栄光に輝き、神の本質を正確に現し、万物を力あるみことばによって保つ方。罪のきよめを成し遂げて、いと高き偉大な方の右に着座された。
御使いにまさる御子
  1.  御子は御使いよりもはるかに優れた方となられたので、御使いよりも優れた名を相続しておられます。
  2. 神はこれまで、どの御使いに対して、こう言われたことがあるでしょうか。
    「あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ。」さらにまた、
    「わたしは彼らにとって父となり、彼はわたしの子となる。」
  3. また、神が長子を再び世に遣わされる時はこう言われます。
    「神の御使いたちは、みな彼を礼拝せよ。」
  4. また、御使いたちについては、
    「神はご自分の御使いたちを風に変え、しもべたちを燃える炎とされる方」と言われますが、
  5. 御子に関しては、こう言われます。
    「神よ、あなたの御座は永遠から永遠まで。あなたの御国の杖は義の杖。
  6. あなたは義を愛し、無法を憎まれる。それゆえ神よ、あなたの神は喜びの油を注がれた。あなたの友に、はるかにまさって。」
  7. さらに、こうも言われます。
    「主よ、あなたが初めに地の基を据えられた。諸天はあなたの御手のわざ。
  8. これらのものが滅びゆくとも、あなたはとこしえの方。全てのものは衣のように古び、
  9. あなたが外套のように取り替えられる。それらが着物のように変わるとも、あなたは変わることがなく、あなたの歳は尽きることがない。」
  10. 神はこれまで、どの御使いに対して、こう言われたことがあるでしょうか。
    「わたしの右に座していなさい。あなたの敵をあなたの足の下に置くまでは。」
  11.  御使いたちはみな、奉仕をする霊にすぎません。彼らは、救いを受け継ごうとしている人々を助けるために遣わされているのです。

2

救いを軽んじることへの警告
  1.  ですから私たちは、聞かされたことに一層よく注意を払う必要があります。そうでないと、知らない間に押し流されてしまいます。
  2. 御使いを通して語られたことばであっても確立されていて、あらゆる違反や不従順が当然の罰を受けたのです。
  3. それなら、これほど重大な救いを軽んじたなら、罰を逃れられないのは当然ではありませんか。この救いは、最初に主が語り始め、次にそれを聞いた人々が、私たちに確証したものです。
  4. 神もまた、しるしと不思議なわざと様々な奇跡によって、すなわちみこころに従って聖霊が分け与えてくださる働きによって証しておられます。
人となられたキリスト
  1.  神は、今私たちが話題にしている来るべき世界を、御使いたちには従わせないと決めておられます。
  2. それで、ある人が聖書のある箇所で、次のように厳粛に証言しています。
  3. 「人がいったい何者なので、あなたは彼を心にかけられるのですか。人の子がいったい何者なので、あなたは彼に熱い目を注がれるのですか。
  4. あなたは人を御使いより、いくらか低くされっましたが、彼に栄光と誉れの冠をかぶらせ、
  5. 万物を彼の足の下に従わせられました。」
  6.  さて、「神が万物を彼の足の下に従わせられた」と語られた以上、万物は残らず人間に従っていなければならないはずです。ところが現在、万物が人間に従っている様子を見ることはできません。
  7. しかし私たちは、イエスが、御使いよりいくらか低くされましたが、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をかぶっておられることを知っています。
  8. この死の苦しみは神の恵みのゆえに、すべての人のために経験してくださったことです。
救いのリーダーであるイエス
  1.  神は、多くの子たちを栄光に導き入れるために、彼らのこの救いの指揮官を、苦しみを通して、完全な指揮官とされました。これは、万物をご自分のために、ご自分の力によって創造された神にふさわしいことでした。
  2. 聖める方と聖められつつある者たちとは、同じ一人の人から発しているのです。それゆえ、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥とせず、次のように語っておられます。
  3. 「私は私の兄弟たちに、あなたの御名を宣言します。集会の真ん中で、私はあなたを賛美します。」
  4. さらに、「私はこの方をいつまでも信頼し続けます。」さらに、「見よ、私と、神が私に与えてくださった子たちを」と語っておられます。
  5.  それで、子たちが肉体を持っているので、イエスご自身も肉体を持ってくださいました。こうして、その死によって、死の力を持つ者、サタンを支配の座から引き下ろし、
  6. 一生涯、死を恐れて奴隷となっていた者たちを開放してくださったのです。
  7.  ですから、当然、イエスは御使いたちと同じ姿を取るのではなく、アブラハムの子孫と同じ姿を取られたのです。
  8. そういうわけで、イエスは全ての点で、兄弟たちと似た者にならなければなりませんでした。神への奉仕に関して、恵み深い真実な大祭司となって、民の罪のためのなだめを行うためです。
  9. イエスは自ら試みを受けて苦しまれたので、試みを受けている者たちに、直ちに助けを与えることができるのです。

3

モーセにまさるキリスト
  1.  そういうわけで、天からの招きを共に受けている聖なる兄弟たち。私たちが信仰を告白している、使徒また大祭司であるイエスについてよく考えてください。
  2. モーセが神の家全体の中で忠実であったように、ご自分を任命された方に対して忠実なこの方に注目してください。
  3. なぜなら、この方はモーセよりもはるかに大きな栄光を受けるにふさわしいと認められているからです。それは、家を建てた者が、建てられた家よりも、はるかに大きな誉れを受けるのと同じです。
  4. なぜなら、家はすべて誰かが造りますが、すべての物を造られたこの方は神であるからです。
  5.  また、一方でモーセは、やがて成就する事柄について証しするために、使用人として神の家の中で忠実でしたが、
  6. 他方キリストは、御子として神の家全体の上にあって忠実な方です。そして私たちが、この神の家とされているのです。
  7. ですから、この希望についての大胆な告白と明白な証言を、終わりまで堅く保ち続けるはずです。
荒野のイスラエルの失敗
  1.  ですから聖霊は、こう語っておられます。
    今日、もし神の御声を聞くなら、あなた方の心を頑なにしてはならない。
  2. 神に反抗したあの時のように、荒野で試みを受けたあの日のように。
  3. あの時、あなたがたの先祖たちはわたしを疑って、試みた。
  4. 40年間、わたしのわざを見たというのに。だからわたしはこの世代に対して怒り、「彼らの心は常に迷っている。彼らはわたしの道を知らない」と言った。
  5. それでわたしは怒りをもって誓った。「彼らをわたしの安息に絶対に入れない」と。
不信仰に対する警告
  1.  兄弟たちよ、気を付けていなさい。あなたがたの中に、だれか一人であっても、生ける神から離れるような不信仰の悪い心を持つ者が現れないように。
  2. むしろ「今日」と言われている間に、毎日互いに励まし合い続け、だれも、罪に惑わされて心が頑なにならないようにしなさい。
  3. なぜなら私たちが、今すでにキリストと共に栄光にあずかる者とされているのなら、当然のこと、信仰告白を終わりまで堅く保つはずだからです。
  4. こう言われているとおりです。
    今日、もし神の御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。神に反抗したあの時のように。
  5.  誰が、聞いていながら、神を怒らせたのですか。モーセによってエジプトから出てきた全員ではありませんか。
  6. 誰に対して、主は40年も怒られたのですか。荒野で死んだ、あの罪を犯し続けた人々に対してではありませんか。
  7. 誰に対して、神の安息に入らせないと神は誓われたのですか。他でもない、従わなかった人々に対してではありませんか。
  8. 彼らが安息に入ることができなかったのは、不信仰のゆえであったことは明白です。

4

みことばを聞き流してはならない
  1.  ですから、神の安息に入る約束を聞き流したために、安息に入り損ねているように見える人が、あなたがたの中から一人も出ないように、十分に注意しようではありませんか。
  2. なぜなら、私たちは福音を十分に聞かされていますが、それは彼らも同じだからです。ところが彼らは、聞いたみことばを信仰によって自分自身にしっかりと結び付けませんでした。それで、みことばが役に立たなかったのです。
  3. みことばをはっきりと信じた者が、つまり私たちが、この安息に入るのです。ですから、こう語られています。
    私は怒って誓った。彼らは決してわたしの安息に入れない。世界の創造の時以来、御業は完成しているのに、神はこう語られたのです。
神の安息はまだ成就していない
  1.  神は、聖書のある箇所で、第7日について、「神は第7日に、神のすべてのわざを休まれた」と語っておられます。
  2. ところが、この箇所では、「彼らは決してわたしの安息に入れない」と語っておられます。
  3. ということは、安息に入るべき者たちがまだ残されているということです。
  4.  また、前に福音を聞かされた者たちは、不信仰のゆえに安息に入れなかったわけですから、神はもう一度、長い年月を経た後、ある日を「今日」と定めて、先に引用したダビデの詩の中でこう語っておられるのです。&br; 今日もし神の御声を聞いたなら、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。
神の安息は備えられている
  1.  もしヨシュアが民に安息を与えたのなら、そのずっと後に、神が他の日について語られることはなかったはずです。
  2. それゆえ、第7日の安息は、神の民のために、まだ備えられているということなのです。
  3. なぜなら、すでに神の安息に入った方は、神がご自身のわざを休まれたように、ご自分のわざを休んでおられるはずだからです。
安息に入ることに熱中しよう
  1.  ですから私たちは、同じ不信仰の例にならって倒れる者がないように、この安息に入ることに熱中しようではありませんか。
  2. なぜなら、神のことばは生きていて、力があり、どんな両刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心の思いや考えを裁いて明らかにする力を持っているからです。
  3. しかも、神の前であらわでない被造物は何一つなく、すべてが神の目に裸であり、あらわにされていて、私たちは、この神に報告書を出さなければならないからです。
恵みの御座に近づこう
  1.  さて、諸天を通って、天におられる神の御子イエスが、偉大な大祭司となっておられるのですから、私たちは信仰の告白を堅く保ち続けようではありませんか。
  2. なぜなら、私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではなく、それどころか、罪の性質以外のすべての点で、私たちと同じように試練を受けておられる方だからです。
  3. ですから、憐れみと恵みを得るために、また、必要なちょうど良い助けを受けるために、恵みの御座に大胆に近づき続けましょう。

5

アロンの祭司職
  1.  大祭司は皆、神に関わる働きをするために、人間の中から選び出されて、務めに任命されます。そして、人々のためにささげ物や、罪のためのいけにえをささげます。
  2. 大祭司は、無知な人々や迷っている人々を思いやることができますが、それは自分自身も弱さを持っているからです。
  3. ですから、その弱さのゆえに、大祭司は、人々のためだけでなく、自分のためにも罪のためのいけにえをささげなければなりません。
  4. また、大祭司は誰も、自分でこの誉れある地位に就くのではなく、アロンの場合と同様に、神によって召されて大祭司となります。
キリストの祭司職
  1.  それと同様に、キリストも、ご自分でこの誉れある地位に就いて、大祭司となられたのではありません。キリストに向かって、こう語られた方が任命されたのです。
    「あなたはわたしの子
    今日、わたしがあなたを生んだ。」
  2. さらに他の所で、神は、こうも語っておられます。
    「あなたこそ永遠の祭司
    メルキゼデクの系統を継ぐ方」
  3.  この方は、人としてこの世におられた時、ご自分を死から救い出すことのできる方に向かって、涙を流しながら、大きな叫び声で、祈りと願いをささげられました。そして、その敬虔さのゆえに聞き入れられました。
  4. 神の御子であるのに、苦しみを経験し、あの(十字架の)従順を実行されました。
  5. 主は完成(復活)された後、ご自分に聞き従う全ての者のために、永遠の救いの源となられました。
  6. 神はこの方を、メルキゼデクの系統を継ぐ大祭司に任命されたのです。
霊的に後退したヘブル人信者
  1.  この方について、私たちには語りたいことが沢山あるのですが、あなたがたの耳が鈍くなってしまい、説明するのが困難です。
  2. あなたがたが信者となった年月から考えると、みことばを教えることができなければならないのです。それなのに、神の啓示についての教えの基礎を、もう一度誰かに教えてもらわなければならない有様です。固い食物は食べることができず、ミルクが必要になってしまっています。
  3. ミルクを飲んでいるだけの人は、まだ幼児で、義のことばについては無知です。
  4. しかし固い食物は、経験によって感覚を鍛えられて、善と悪とを判別する能力を持っている大人のものです。

6

成熟を目指して前進しよう
  1.  ですから私たちは、メシアについての初歩の教え(ユダヤ教の教理)を後にしなければなりません。そのうえで、成熟を目指して前進させていただきましょう。死んだ行いを悔い改めることや、神への信仰、
  2. 種々の洗いについての教え、手を置くこと、死者の復活、永遠の裁きなどの、(ユダヤ教の教理の)基礎に再び戻ってはいけません。
  3. 神の許しを得て、前進させていただきましょう。
後退する者への警告
  1.  なぜなら、一度光を受けて天の賜物を味わい、聖霊に導かれて、
  2. 神のことばの素晴らしさと、来るべき御国での奇跡まで経験したうえで、
  3. 道から外れてしまうなら、その人を再び悔い改めに立ち返らせることはできないからです。自分で神の御子をもう一度十字架に付けて、公に侮辱を与えているからです。
  4.  土地が、降り注ぐ雨を吸い込み、農夫に立派な作物を産み出すなら、神から祝福されます。
  5. ところが、いばらやあざみを生えさせるなら、無用なばかりか、農夫はその土地にさっさと見切りをつけて、最後には焼き払ってしまいます。
信仰者への励まし
  1.  しかし愛する者たち、このように語ってはいますが、あなた方については、さらに良いことを、すなわちあなた方が救われていることを確信しているのです。
  2. なぜなら、神は不公平な方ではないので、あなた方の行いや、あなた方が今もこれまでも聖徒たちに仕えて、神の御名のために示したあの愛を、忘れたりされないからです。
  3. それで、私たちはあなた方一人ひとりが、希望が完全に実現する、その最後の時まで、同じ熱心さを示してくださるように切望しています。
  4. どうか、怠け者にならずに、むしろ信仰と忍耐によって約束のものを相続しようとしているあの人々を見習う者になってください。
神の約束の確かさ
  1.  神がアブラハムに約束を与えた時、誓うために、ご自分より偉大な者がないので、ご自分を指して、こう誓われました。
  2. 「わたしはたしかにあなたを祝福し、さらに祝福する。増し加えて、さらに増し加えよう。」
  3.  こうして、アブラハムは忍耐のすえに約束の子(イサク)を手に入れました。
  4.  誓いを立てるとき、人々は自分より偉大な存在に誓います。そして、保証のための誓いを立てることで、全ての異議を終わらせます。
  5. それで神は、約束を受けた者たちに、神の決意が変わらないことをもっとはっきり示したいと思い、誓いによって保証されたのです。
  6. それは、約束と誓いという2つの普不変の事柄によって、前に置かれている望みを捕らえるために、隠れ場へ逃れて来た私たちが強い励ましを得るためです。この約束と誓いのために、神は偽ることができないのです。
幕の内側に入る希望
  1.  この望みは、私たちのたましいのための安全で、確かな碇であり、しかも幕の内側に達する碇です。
  2. 永遠にメルキゼデクの系統を継ぐ大祭司となられたイエスは、私たちのために、この幕の内側に先駆けとして入られたのです。

7

偉大な大祭司メルキゼデク
  1.  このメルキゼデクはサレムの王で、いと高き神の祭司でした。王たちを打ち倒して帰って来たアブラハムを出迎えて、祝福しました。
  2. アブラハムは、この人に全ての物の十分の一をささげました。メルキゼデクという名前の意味は、まず「義の王」であり、次に「サレムの王」つまり「平和の王」です。
  3. 聖書の記録には、父もなく、母もなく、家系もなく、生まれた日も、死んだ日もありません。まるで神の子のように、いつまでも祭司の職にとどまっています。
メルキゼデクはアブラハムに勝る
  1.  族長であるアブラハムが、戦利品の最良の物の中から十分の一を献げたのですから、メルキゼデクがどれほど偉大な人であるか、よく考えてください。
  2. 律法によると、レビの子孫の中から祭司に任命された人々は、自分たちもアブラハムの子孫であるにもかかわらず、同胞である民から十分の一を受け取るように命じられています。
  3. ところが、レビの子孫とは無関係なメルキゼデクが、アブラハムから十分の一を受け取り、約束を受けているアブラハムを祝福しているのです。
  4. 当然のことですが、上位の者が下位の者を祝福するものです。
  5.  また、十分の一を受け取るレビ族の祭司たちは死ぬべき者たちですが、メルキゼデクの方は生きていると証しされています。
  6. さらに、十分の一を受け取るレビも、アブラハムを通して、メルキゼデクに十分の一を納めているといえます。
  7. メルキゼデクがアブラハムを出迎えたとき、レビはアブラハムの腰の中にいたからです。
レビ系祭司職は変更された
  1.  民はレビの祭司職に基づいて律法を与えられましたが、もしレビの祭司職によって目的を達成できたなら、どうしてアロンの系統を継ぐ祭司ではなく、メルキゼデクの系統を継ぐと言われる、別の祭司が任命される必要があったのでしょうか。
  2.  祭司職が変更されれば、律法も必ず変更されます。
  3. これまで述べてきたこの方は、レビ族とは別の、祭壇に仕える者を1人も出したことのない部族に属しておられます。
  4. 私たちの主がユダ族から出られたことは明白です。モーセはユダ族と祭司職との関係については何も語っていないのです。
律法は廃止された
  1.  この祭司職の変更は、メルキゼデクの系統を継ぐ別の祭司が立てられたことによって、一層明らかです。
  2. この方は、肉の戒めである律法によってではなく、朽ちることのないいのちの力によって、祭司になっておられます。
  3. それで、こう証しされています。
    「あなたは永遠にメルキゼデクの系統を継ぐ大祭司です。」
  4.  律法は弱く無益なために廃止されました。
  5. 律法は何一つ達成しなかったのです。しかし律法の代わりに、はるかに優れた希望が導入されました。私たちは、この希望によって、神に近づき続けるのです。
レビ系祭司は誓いにおいて劣る
  1.  その上、この方は誓いなしに立てられたのではありません。一方で、祭司たちは誓いなしに祭司になっていますが、他方で、この方は神の誓いによって祭司になっておられます。
    「主は誓い、決して後悔されない。あなたは永遠に祭司です。」
  2.  イエスはこのような確かな手段で、はるかに優れた契約の保証人となられたのです。
レビ系祭司は死のゆえに劣る
  1.  また、レビの子たちの場合は、多くの者たちが祭司になってきましたが、死が妨げとなって、祭司職に留まり続けることができません。しかし、この方は永遠に生きておられるので、その祭司職が他人に取って代わられることはありません。このように、イエスは常に生きていて、人々のためにとりなしの働きをしておられるので、ご自分を通して神に近づいてくる人々を、どのような時にも完全に救い続けることができます。
レビ系祭司は人格において劣る
  1.  ですから、このように聖く、傷なく、汚れなく、罪人から完全に分離し、諸天よりも高くにおられる、このような大祭司こそ、私たちにふさわしい大祭司なのです。
  2. この方には、あの大祭司たちのように毎日、まず自分のためにいけにえをささげてから、次に民の罪のためにいけにえをささげる必要はありません。なぜならこの方は、ご自分をささげることによって、ただ一度で、このことを成し遂げられたからです。
  3. 実に、律法は弱さを持つ人間を大祭司に任命しましたが、律法の後に語られた誓いのみことばによって、神は御子を完全な大祭司として永遠に任命しておられるのです。

8

すぐれた大祭司
  1.  さて、今語っていることを要約します。私たちには大祭司がおられます。この方は、天におられる全能者の御座の右に座り、
  2. 聖所で奉仕しておられます。この聖所は、人間が建てたのではなく主が建てられた真の幕屋です。
すぐれた聖所
  1.  祭司は皆、ささげ物といけにえをささげるために任命されます。ですから、この方も何かささげるものを持っておられるはずです。
  2. しかし、この方が仮に地上におられても、祭司になることはありません。地上には律法に従ってささげ物をする祭司たちがいるからです。
  3. 彼らは、天にある物の型と影で礼拝を行っています。モーセは幕屋の建築に取りかかろうとしていたとき、次のように厳しく命令されました。「見よ。主は語っておられる。あなたは山の上で示された型の通りに、全てを造らなければならない。」
  4.  しかし今やキリストは、はるかにすぐれた祭司の働きをしておられます。それはキリストが、はるかにすぐれた約束に基づいて制定されている、はるかにすぐれた契約の仲介者でもあるからです。
すぐれた契約
  1.  もし初めの契約に欠点がなかったら、第二の契約は不要だったはずです。
  2. しかし神は人々を責めて、こう語っておられます。
    「見よ、その日が来ようとしている。
     ―主のことば―
    わたしはイスラエル家とユダの家に新しい契約を結ぼうとしている。
  3. わたしが彼らの先祖たちをエジプトの地から、彼らの手を取って導き出した時、彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らはわたしの契約を守らなかったので、わたしも彼らをかえりみなかった。
     ―主のことば―
  4. これらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぼうとしている契約はこれである。
     ―主のことば―
    わたしは彼らの思いにわたしの律法を与え、彼らの心にそれを書き記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
  5. 各々は自分の隣人や自分の兄弟に、主を知れ、と言って教えることは決してない。それは、大きな者から小さな者に至るまで、全ての者がわたしを知るようになるからだ。
  6. わたしは彼らの不義に対して憐れみを示し、彼らの罪をもはや思い出さないからだ。」
  7.  神は「新しい契約」と呼ぶことによって、最初の契約を、古びたものと語っておられます。それは古びて、年を経ていて、まもなく消え去ろうとしています。

9

旧約の祭司の務め
  1.  一方において、初めの契約にも礼拝の規則と地上の聖所がありました。
  2. 幕屋には聖所と呼ばれる最初の部分があり、そこに燭台と供えのパンを置く机がありました。
  3. さらに第二の垂れ幕のうしろには、至聖所と呼ばれる幕屋があり、
  4. そこには金の香壇と全面を金で覆われた契約の箱がありました。この箱の中には、マナの入った金の壺、芽を出したアロンの杖、そして契約の石の板がありました。
  5. 契約の箱の上には、宥めのふたを覆っている栄光のケルビムがありました。今、それらについて詳しく説明することはできません。
  6.  このように全てが備えられた後で、祭司たちが第一の幕屋にいつも入って礼拝を行います。
  7. しかし第二の幕屋に入るのは年に一度、大祭司一人だけです。それも、大祭司自らの罪と、民が知らずに犯した罪のために、ささげる血を必ず携えて入ります。
  8.  このことによって聖霊が示しておられるのは、最初の幕屋が立っている間は、聖所への道がまだ明らかにされていないということです。
  9. この幕屋は今の時代のためのひな型です。律法に従ってささげられるささげ物といけにえは、礼拝者の良心に完全な平安を与えることができないのです。
  10. それらは食物や飲み物や種々の洗いなどの、肉体に関わる儀式にすぎず、新しい体系が打ち立てられるまで定められているだけです。
御子による永遠の贖い
  1.  他方キリストこそ、素晴らしいみわざを成し遂げられた大祭司です。この方は人の手で造られた幕屋で務めをされません。もっと偉大な、この世に属さない完全な幕屋[肉体]を取られ、
  2. 山羊や牛の血によってではなく、ご自分の血によって永遠の贖いを成し遂げ、一度限り聖所に入られたのです。
  3.  山羊や雄牛の血でさえ、赤い雌牛の灰と共に、汚れた人々に振りかけると、彼らの肉体はきよめられたのですから、
  4. まして一点の汚れもないご自身を、永遠の御霊によって、神におささげになったキリストの血は、どれほど私たちの良心に平安を与え、死んだ行いから離れさせ、生ける神に礼拝を捧げる者とすることでしょう。
血による契約
  1.  このように、キリストが新しい契約の仲介者なので、召されている者たちは、神から約束された永遠の相続を受けることができます。それは、最初に結ばれた律法の契約の下で犯された罪を贖うために、キリストの死が実現したからです。
  2. というのも、神と人が契約を結ぶには、いけにえがささげられる必要があるからです。
  3. こうして契約は、殺されたいけにえの上で有効になります。契約を有効にするいけにえが生きている間、契約は無効です。
  4.  ですから、初めに結ばれた律法の契約も、血が流されて初めて制定されました。
  5. モーセは、律法に従って、全ての戒めを民全員に語りました。それから、雄牛と山羊の血を、水と赤い毛糸とヒソプと一緒に取って、契約書と民全員にふりかけました。
  6. そして、こう宣言しました。
    「これは神があなたがたと結ばれた契約の血である。」
  7.  こうしてモーセは、幕屋と礼拝に使うすべての器具にも、同じように血をふりかけました。
  8. 律法によれば、ほとんどすべてのものは、血によってきよめられます。つまり、血を流すことがなければ、罪の赦しはないということです。
天そのものに入られたキリスト
  1.  ですから、一方で、天にあるものの型は、型である動物の血によってきよめられましたが、他方、天にある本体は、型よりも優れた、本体であるキリストの血によってきよめられる必要があります。
  2. キリストは、本体の影にすぎない、人間の建てた聖所に入ったのではなく、天そのものに入られました。そして今、私たちを助けるために神の御前に現れて、働きをしておられるのです。
一度で働きを成し遂げられたキリスト
  1.  地上の大祭司は毎年、動物の血を携えて至聖所に入りますが、キリストは何度も繰り返して、ご自身をささげたりされません。
  2. この方が、世界の創造以来、何度も苦しむ必要はありません。しかし、諸時代の終わりにあたって現れてくださり、ただ一度、ご自身をいけにえとしてささげることによって、罪の力を無効にしてくださったのです。
  3.  そして、人間には一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが定まっているので、
  4. キリストがただ一度ご自分をささげ、多くの人の罪を負ってくださったのです。そして二度目は、罪のきよめのいけにえとは関係なく、ご自分を切望している者たちを救い出すために現れてくださいます。

10

動物のいけにえは良心に平安を与えない
  1.  律法は、やがて実現する素晴らしいことをぼんやり映していますが、実体は何もありません。
  2. ですから、同じいけにえを毎年ささげても、神を礼拝する者たちを目的に到達させることができません。もしそれができたなら、礼拝者たちの良心は完全にきよめられて、罪のとがめをを2度と持つことはなかったはずであり、いけにえをささげることも止んだはずです。
  3. ところが、かえって、いけにえをささげることによって、毎年罪が思い出されるのです。
  4. 雄牛と山羊の血では、罪を取り去ることができないからです。
キリストの犠牲が信者を聖める
  1.  それゆえ、主はこの世界に来るにあたって、こうおっしゃいました。
    いけにえやささげ物をあなたは求めず、私のために体を備えてくださいました。
  2. 全焼のささげ物や罪のきよめのささげ物を、あなたは喜ばれませんでした。
  3. それで私はこう言いました。
    「見よ。私は来ています。巻物の書に、私について書いている通り、神よ、あなたのみこころを行うために。」
  4.  このように「いけにえやささげ物」、すなわち律法によってささげられる「全焼のささげ物や罪のきよめのささげ物をあなたは求めず、また喜ばれませんでした」と語られた上で、
  5. 「見よ。私はあなたのみこころを行うために来ました」と主は語られました。神は初めのものを廃棄して、第2のものを立てておられます。
  6. このみこころによって、イエス・キリストの体が、ただ一度ささげられたことによって、私たちは聖なるものとされてしまっているのです。
キリストは信者に完全な立場を与える
  1.  一方で、全ての祭司は、毎日立ったまま礼拝し、同じいけにえを何度もささげ続けますが、それらは決して罪の汚れを取り除くことができません。
  2. しかし他方で、この方は、罪のために1つのいけにえをささげた後、いつまでも神の右に着座し、
  3. それ以来、敵がご自分の足の足台とされる時を待っておられるのです。
  4. なぜなら、この方は1つのささげ物によって、聖められている者たちを永遠に完全にしてしまっておられるからです。
新しい契約と罪の赦し
  1.  実に、聖霊も私たちにこう証しして、
  2. 「これらの日の後に、彼らと結ぶ契約はこうだ
    ―主のことば―
    私はわが律法を彼らの心に与え、彼らの思いの上にそれを書き付ける」
  3. と語った後で、「私は彼らの罪と彼らの咎を、もはや決して思い出さない。」と語っておられるのです。
  4.  このような赦しを私たちは受けているのですから、罪のためのささげ物は不要です。
神に近づくための根拠
  1.  兄弟たち、私たちはイエスの血のゆえに、恐れなく至聖所に入ることができます。
  2. イエスはご自分の肉体という垂れ幕を裂いて、私たちのために全く新しい生ける道を開いてくださったのです。
  3. しかも私たちには、神の家を監督している大祭司がおられます。
神に近づき、告白し、励まし合おう
  1.  ですから、心でキリストの血の贖いを確信することで、良心の間違った責めから完全に開放され、
  2. みことばの水によってきよめられたことを確信し、真実な心と信仰で神の近くに歩み続けましょう。
  3. 約束してくださった神は真実な方なのですから、動揺せず、私たちの希望をしっかりと告白しましょう。
  4. また、愛と善行に励むように、互いに気をつけましょう。
  5. ある人々の悪習慣にならって、共に集まることをやめたりせず、むしろ励まし合い、かの日が近づいていることを覚えて、いっそう励まし合いましょう。
故意に罪にとどまる危険
  1.  私たちが真理について十分な知識を受けた後も、ことさらに罪を犯し続けるなら、罪を赦していただく手段はもう残っていません。
  2. ただ、逆らう者たちを今にも焼き尽くそうとしている、あの恐ろしいさばきの激しい火を待つだけです。
  3. モーセの律法を拒んだ者は、だれでも差別なしに、2,3人の証言に基づいて憐れみの余地なく殺されました。
  4.  それなら、神の御子を踏みつけ、自分を聖めた契約の血を汚れたものと見なし、恵みの御霊を怒らせる者は、どれほど恐ろしいさばきに値することでしょう。
  5. 私たちは、こう言われた方を知っています。
  6. 「復讐はこの私がする。私が必ず報復する。」
    「主はご自分の民をお裁きになる。」
  7.  生ける神の手に陥ることは、何と恐ろしいことでしょう。
信仰者の受けた苦難
  1.  思い出してください。あなたがたは、あの最初の頃、光を受けた後、苦しい大変な戦いを耐え忍びました。
  2. あなたがたは非難され、迫害を受け、見世物にされました。また、そのような目に遭っている人々と苦しみを分かち合いました。牢に入れられている人々と共に苦しみ、財産が奪われることも喜んで受け入れました。
  3. それは自分たちが、はるかに素晴らしい永続する資産を持っていると、知っていたからです。
真実な信仰者への励まし
  1.  ですから、大きな報いをもたらす、あなたがたの確信を放棄してはなりません。
  2. あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを得るには、忍耐が必要なのです。次のみことばの通りです。
  3.  「もうすぐ、間もなく、来たるべき方は来られる。遅くなることはない。
  4.  信仰による私の義人は生きる。だが退くなら、私の心は彼を喜ばない。」
  5.  私たちは、退いて滅びる者ではありません。信じていのちを保つ者です。

11

信仰の基本的性格
  1.  そこで信仰とは、待ち望んでいる天の資産の権利証であり、目で見えないこの資産が確かにあるという保証書です。
  2. ですから、これによって先祖たちも(天の資産を持っていることが)証しされたのです。
  3.  信仰ゆえに、私たちは世界が神のことばによって整えられていて、見える物が見えない物から成り立っていると知ります。
アベル、エノク、ノアの信仰
  1.  信仰ゆえに、アベルはカインよりも優れたささげ物を神に献げました。これによって、彼は義人であると証しされました。神が彼のささげ物について証ししてくださったからです。彼は死にましたが、信仰によって語り続けています。
  2.  信仰ゆえに、エノクは移されて、死を見ることがありませんでした。「神が彼を取られたので、彼はいなくなった」のです。取られる前から、彼は神に喜ばれていることが証しされていました。
  3.  このように、信仰なしに神をお喜ばせすることはできません。ですから、自ら神に近づこうとする者は、神に求める者に対して、神が今もこれからも報いてくださると信じ続けけなければならないのです。
  4.  信仰ゆえに、ノアはまだ見ていない事柄について御告げを受けた時、神を恐れ、家族の救いのために箱舟を備えました。これによって彼は、世を罪に定め、信仰による義の相続者になりました。
アブラハムの信仰
  1.  信仰ゆえに、アブラハムは召しを受けた時、相続地として受け取るべき地に向かうようにとの命令に従いました。しかも、向かうべき場所がどこかも知らずに出ていきました。
  2.  信仰ゆえに、彼は同じ約束の共同相続者であるイサクやヤコブと共に、約束の地で天幕生活をしながら、外国人として寄留生活をしたのです。
  3. なぜなら、神が設計し建築してくださった、堅い基礎の上に建っている都を待ち望んでいたからです。
  4.  信仰ゆえに、彼はサラの年が過ぎていたにもかかわらず、子を宿らせる力を受けました。約束してくださった方は真実な方だと判断していたからです。
  5. ですからこの一人から、しかも死んでいるような人から、天の星のように多く、浜辺の砂のように数多い者たちが生まれたのです。
信仰者の死に方
  1.  これらの人々は皆、信仰者としてふさわしい死に方をしました。約束の成就は得ませんでしたが、それらを遠くに見ながら、それらを歓迎しながら、地上では寄留者であり、旅人であると告白して死んでいったのです。
  2. 彼らがそのように言い表したのは、明らかに、彼らが故郷を切に求めていたからにほかなりません。
  3. それに、もし実際に彼らが出てきた故郷を慕っていたなら、帰る機会があったはずです。
  4. しかし彼らは、天に属する、はるかにすばらしい故郷を熱望していたのです。ですから神も、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神は確かに、彼らのために都を用意しておられました。
アブラハムとイサク
  1.  信仰ゆえに、アブラハムは試練を受けた時、イサクを献げています。約束を受けていた彼が、そのひとり子をいけにえとしてささげようとしたからです。
  2. アブラハムは、神から「イサクから出る者があなたの子孫である」と告げられていましたが、
  3. 神には死者の中から人をよみがえらせることもできると認めていたのです。実にアブラハムは、死者の中からイサクを返してもらったも同然です。
族長たちの信仰
  1.  信仰ゆえに、イサクも来るべき事柄についてヤコブとエサウを祝福しました。
  2.  信仰ゆえに、ヤコブは死ぬ時、ヨセフの子ら一人ひとりを祝福し、杖に寄りかかりながら礼拝しました。
  3.  信仰ゆえに、ヨセフは死ぬ時、イスラエルの子たちがエジプトから出国すること語り、自分の骨について命令しました。
モーセの両親、モーセ、民の信仰
  1.  信仰ゆえに、モーセの両親はモーセが生まれて3ヶ月の間、子を隠していました。その子がとても美しいのを見て、王の命令も恐れずにそうしたのです。
  2.  信仰ゆえに、モーセは成人した時、ファラオの娘の子と呼ばれることを拒みました。
  3. そして、はかない罪の楽しみよりも、むしろ神の民と共に苦しむことを選んだのです。
  4. それは、救い主となって受ける辱めを、エジプトの宝にまさる大きな富と判断したからです。モーセは(エジプトの宝から目をそむけて)この報いに目を向けていたのです。
  5.  信仰ゆえに、モーセは王の怒りをも恐れずにエジプトを離れました。見えない方をしっかりと見続けていたからです。
  6. 信仰ゆえに、モーセは過越を行って血を塗り、殺す者が初子らに手を触れないようにしました。
  7. 信仰ゆえに、彼らは乾いた地を渡るように、紅海を渡りました。同じことを試みたエジプト人は海に飲み込まれてしまいました。
ヨシュア以降の信仰者たち
  1.  信仰ゆえに、エリコの城壁は、民が7日間その周囲を回った後、倒されました。
  2.  信仰ゆえに、遊女ラハブは不従順な者たちと共に滅びませんでした。偵察たちを穏やかに迎え入れたためです。
  3.  これ以上何を言いましょうか。ギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル、また預言者たちについても語るなら、時間がいくらあっても足りないでしょう。
  4.  彼らは信仰によって国々を征服し、正義を行い、約束された勝利を得、ライオンの口をふさぎ、
  5. 火の力を消し、剣の刃を逃れ、弱い者から強い者にされ、戦いの勇士となり、外国の軍隊を敗走させました。
  6. 婦人たちは死んだ者をよみがえらせてもらいました。しかし、さらにすばらしい復活を得るために、釈放を受け入れずに鞭打ちの死刑を受け、
  7. さらに鎖につながれ、牢に入れられた者たちもいます。
  8. 彼らは石で打たれ、試みられ、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊や山羊の毛皮を着て歩き回り、欠乏し、苦しめられ、悪者にされ、
  9. 荒野、山の中、ほら穴、洞窟をさまよい歩きました。この世は彼らにふさわしい場所ではありませんでした。
  10.  これらの人々は皆、その信仰によって証しされましたが、約束のものは獲得しませんでした。
  11. 神が私たち(教会時代の聖徒)のために、さらに優れたものをあらかじめ備えておられたので、彼ら(旧約の聖徒)が私たちを差し置いて完成されることはなかったのです。

続く...